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1925、11末か12初め 接禁解除後、中西伊之助が朴烈に面会


1925、12、3朴烈、金子文子、晋直鉉を私選弁護人として選任

1925、12、6 『東亜日報』記事〈正式結婚、手続き〉

1925、12、7 『東亜日報』記事〈結婚に関して〉

1925、12、11 『朝鮮日報』記事〈獄中結婚は風説〉

1925、12、14 『東亜日報』記事〈書面上の結婚だけだろう〉

1926、1  「朴烈君のことなど 冬日記」中西伊之助『文芸戦線』掲載

1926、1、19 『朝鮮日報』記事〈条件を提出したこと〉

1926、1、20 『東亜日報』記事〈条件を提出したこと〉

1926、2、26  第1回公判、人定質問/再結成された黒友会を中心に傍聴等の支援/

金子
文子はその夜手記「二十六日夜半」執筆


1926、2、27  第2回公判、金子文子手記朗読か、検事論告死刑求刑

1926、2、28  第3回公判、弁護人弁論、日曜開廷には反対があった

1926、3、1  第4回公判、弁論文子の最終陳述、朴烈はしなかった