手記表紙

<四月の或る日に──>

「達者でいてくれ、同志はみんな達者だ!」とばかり云わないで、凶いこともたまには知らしておくれ!

差入れまでしてくれた、そして堅実な有望な同志、生粋な妾達の仲間が、二人まで獄死しているぢゃないの?   「達者でいてくれ」、有りふれた古い言葉にも新しい心根が植付けられているとは云え、そうした言葉をきくよりも、こうした事実を知らされた方が、心が引きしまる──「××の圧制に勇敢にも戦った同志は、斯うして獄に斃れて行く、

……だが妾は? 妾は決して意気地なく牢死等をしてはならない」斯う思ってね、だらけた心根も引きしまる。 生前に会った同志G兄のガッチリした態度や、顔立ちや、××××に載っていた詩などを思い合わせては、何とも言われぬ悲痛な気がする。惜しかった、本当に惜しかった、その辺の所謂気取り屋さんとは違って、あの人は不遜ビラ位で、命を落とす人でなかった。 そう思うと、妾は今、心の中で泣いている胸が一杯になって来て──こうした時に、心から同じ道を歩む者としての、堅い堅い結束の程が望ましい。売名屋さんや、妥協主義者や、日和見主義の、そうしたなまくら者の一切を超越して××への復讐を、実感を以って叫んで見たい。その行動を生活したい──と、貴方がたは、ぐるになって、妾の耳に、娑婆の生々しい血のしたゝっているニュースは入れないように工夫しているのだね──
よろしい、覚えておいで、妾があの世で先廻りをしているから、その時にはきっと、ひどい目に遭わしてやるから……  

ここまで書いていると、数日前貴方に宛てた手紙──「不逞な夢の報告」が怪しからんと云って、不許になって舞い戻って来た。いや、夢にまで不逞な真似を演ずるのは怪しからんと斯う云う訳さ、誰かゞ妾の言葉が強烈すぎると云った。妾には判らない、生活を奪われている者にとっては、そして殊にPのように彼女の夫ニヒリズムに徹底していない妾にとっては……また改めて書くことにしましょう。  
帯、あんまりボロボロになって捨てて了ったので、贅沢な言草だが、一筋きりしめ代えがないから、妾の荷物の中──鼠の復讐から無難だったら、帯、縮緬帯揚げ、モスリン下帯、黒い解かし櫛、以上の品々を差入れていただきたい、ではお願いまで。

 
<あたしの宣言として──>  ……貴方からの手紙が来た、そこであまり大きな声では云えないが、上半身裸体のまゝ隅の蒲団の上に腰うちかけて、早速読み初めた、「女性としてのあなただもの、娑婆にいた頃の、せめてもの思出に、娑婆にいた時の物が獄内で用いられゝば、心地よい思出の一つともなろう……」なる程、懐郷病患者の情が充たされると云うそれだけなら、とも角として、妾の上に、そんなロマンチックな想像を冠せようとは、「女性としての妾」を知って「人間としての妾」を知らないものよ、まあ人を見て法を説いて貰いましょうか……  以上の前提による結論としての蒲団毛布等の差入れでしたら、きっぱりとお断わりしましょう。  蒲団は、一女性である妾が、(貴方等が妾に与えてくれた資格を逆用して)一人間の資格に於て勇敢に返上する、そしてこう宣言する。 「貴方がたは、妾を一体なんだと見ているのだろう。女性としてか、人間としてか、女性としてのあなたが……」妾に対してこんな言葉を用いることをかたく禁じる、妾は女性としてこの世にあったのだろうか、では女性である妾、いや一女性にすぎない妾と、人間としての妾を圧制していた××との間にどんな交渉があるのでしょうか、──
姦通制裁の撤廃運動でもやる方が、ヨリ正しくはなかろうか──妾は人間として行為し、生活して来た筈だ。そして妾が人間であることの基礎の上に、多くの仲間との交渉も成立していた筈だ、そしてそう見ることによってばかり初めて真の同志ではなかろうか、即ち平等観の上に立った結束ばかりが真に自由な、人格的な結束ではあるまいか。  成程Pと妾との間は、同志としての意外の交渉もあった、だがそれは外のことではない。  今の妾──今の立場に於ける妾はPの同志でありPは妾の同志であった。そして妾は今同志としてのPを想う以上に、何の考えも持っては居ない。  又、同一戦線上に立つ者達の間に、何の性的差別観の必要があろうか、性欲の対象としてても見ない限り、女とか、男とか云う様な 特殊な資格が、何の役に立つであろう。同じ人間でいいではないか、そしてそれ以上に何が必要であろうか。  妾はセックスに関しては、至極だらしのない考えしか持っていない。性的直接行動に関しては無条件なのだ、それと同時に妾が一個人間として起つ時、即ち反抗者として起つ時、性に関する諸々のこと、男なる資格に於て活きている動物──そうしたものは妾の前に、一足の破れた草履程の価値をも持っていないことを宣言する。  今の妾が求めているものは、男ではない、女ではない。人間ばかりである。  妾は人間として活きている、妾は以上の理由に基いて、「か弱き性を持った」女性として見られることを拒む──と同時に、その前提の上に立つ諸々の恩恵を、一切キッパリとお断わりする。  相手を主人と見て仕える奴隷、相手を奴隷として憐れむ主人、その二つながらを、ともに私は排斥する。個人の価値と権利とに於て平等観の上に立つ結束、それのみを、只それのみを、人間相互の間に於ける正しい関係として妾は肯定する、従って妾と他人との交渉の一切を、その基礎の上にのみ求めることを、妾は今改めて、声高らかに宣言する。