2003.1.4 2005.6.3改訂


1920年代から30年代に刊行、雑誌に発表された以下のテキストを底本とした。

1 遺著『獄窓に想ふ 』 <黒色戦線社による復刻版ではない>

2 「女死刑囚の手紙」

3 「獄中雑詠」

以下は1988年に刊行されたテキストを底本

4 「補遺」は黒色戦線社版『獄窓に想ふ』の補遺

5 「手紙六月」は黒色戦線社版『獄窓に想ふ』掲載の栗原一夫宛

それぞれの掲載順に通し番号を付した。

共通して掲載されているものに、若干の文字の異動が存在するが

その場合『獄窓に想ふ』を底本とした。栗原一夫による編集の際に生じたと推測する。

不明漢字の修正は後日(1から5のアップ2005年6月3日)


金子文子


遺著『獄窓に想ふ』


自序

 

歌詠みに何時なりにけん誰からも学びし

事は別になけれど

獄窓1



我が好きな歌人を若し探しなば夭くて逝

きし石川啄木

獄窓2



迸る心のまゝに歌ふこそ眞の歌と呼ぶ

べかりけり

獄窓3



派は知らず流儀は無けれ我が歌は壓しつ

けられし胸の焔よ

獄窓4



燃え出づる心をこそは愛で給へ歌的価値

を探し給ふな

獄窓5



  折々のすさび

獄窓にて        金 子 ふ み

 


獄窓6 

散らす風散る桜花ともどもに潔く吹け潔

く散れ

(大審院判決前日の歌1926.3.25「獄窓に想ふ」 )



己を嘲けるの歌

獄窓7

ペン執れば今更のごと胸に迫る我が来し方のかなしみのかずかず

獄窓8

そとなでて独り憐れむ稔りなき自がペンダコの恒きしびれを

獄窓9

自が指をみつめてありぬ小半時鉄格子外に冬の雨降る

獄窓10

炊場の汽笛は吠えぬ冬空に喘息病の咽喉の如くに

獄窓11

空仰ぎ「お月さん幾つ」と歌ひたる幼なき頃の憶い出なつかし

獄窓12

あの月もまたこの月も等しきに等しからぬは我の身の上

獄窓13

月は照る月は照らせど人の子は果なき闇路を辿りつゝあり

獄窓14

大杉の自伝を読んで憶ひ出す幼き頃の性のざれ事



25公判開始
獄窓15

早口と情に激する我が性は父より我へのかなしき遺産

獄窓16 雑詠29

朝鮮の叔母の許での思い出にふとそゝらるゝ名へのあこがれ

獄窓17 雑詠19

是見よと云はんばかりに有名な女になりたしなど思う事もあり

獄窓18 雑詠8 手紙9

上野山さんまへ橋に凭り縋り夕刊売りし時もありしが

獄窓19

籠かけて夜の路傍に佇みし若き女は今獄にあり

獄窓20 雑詠10 手紙11

居睡りつ居睡りつ尚鈴振りし五年前の我が心かなし

獄窓21 雑詠1 手紙19

窓硝子外して写す帯のさま若き女囚の出廷の朝

獄窓22

人がまた等しき人の足になる日本の名物人力車かな

獄窓23

稼がねば飯が食はれず稼ぎなば重荷いや増す今の世の中

獄窓24 手紙7

ブルヂュアの庭につゝじの咲いて居りプロレタリアの血の色をして

獄窓25手紙21

監視づきタタキ廊下で労運の同志にふと遇ふ獄の夕暮

獄窓26

砕毛散りまた音もなく忍び寄るさゞ波かなし春の日の海

獄窓27

朝な朝な爪立ちて見る獄庭の銀杏の緑いや増さり行く

獄窓28

山椒の若芽摘み取りかざ嗅げばつと胸走る淡きかなしみ

獄窓29 雑詠21 手紙1

うすぐもり庭の日影に小草ひく獄の真昼はいと静かなり

獄窓30 雑詠22 手紙2

指に絡み名もなき小草つと抜けばかすかに泣きぬ「我生きたし」と

獄窓31 雑詠23 手紙3

抜かれじと足踏ん張って身悶ゆる其の姿こそ憎くかなしく

獄窓30 雑詠30

判決朝日夕刊_0002
盆とんぼすいと掠めし獄の窓に自由を想ひぬ夏の日ざかり

獄窓33 雑詠4

浴みする女囚の乳のふくらみに瞳そらしぬなやましきさ覚えて

獄窓34 雑詠12 手紙12

瀧白く松緑なる木曾の山の姿ちらつく獄のまぼろし

獄窓35

狂ひたる若き女囚の蔭に隠れ歌ふて見しが咽喉は嗄れ居り

獄窓36

我が心狂ひて歌しなどふと思ふ声あげて歌うたふて見たさに

獄窓37

初夏やぎぼしさやかに花咲けば緑の色の褪せ行く

獄窓38

手に採りて見れば真白き骨なりき眼にちらつきし紅の花

獄窓39 雑詠25 手紙4

うつむきて股の下から人を見ぬ世の有りさまの倒が見たくて

獄窓40